大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成10年(ワ)1980号 判決

原告

林政芳

ほか二名

被告

東京海上火災保険株式会社

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告林政芳、同林宏幸各自に対し、各金二五〇万円及びこれに対する平成九年一〇月四日以降各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告林明子に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成九年一〇月四日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、訴外亡林秀彦運転車両と訴外服部智明運転車両との間の交通事故につき、訴外亡林秀彦の相続人である原告らが、訴外亡林秀彦が自動車保険契約を締結していた被告に対し、右保険契約の搭乗者傷害条項に基づき、死亡保険金及びこれに対する催告が到達した日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ請求した事案である。

一  争いのない事実

1  左記の事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 発生日時 平成八年六月二日午前三時三〇分ころ

(二) 発生場所 三重県桑名市大字蓮花寺地内、高速自動車国道近畿自動車道名古屋亀山線上り四七・六キロポスト付近路上

(三) 第一車両 普通乗用自動車(三重三三や七六四八号)

運転者 訴外服部智明(以下「訴外服部」という。)

(四) 第二車両 普通乗用自動車(名古屋七一と四八一〇号)

運転者 訴外亡林秀彦(以下「亡秀彦」という。)

所有者 亡秀彦

(五) 事故の態様 第一車両が第二車両に追突した。

2  亡秀彦は、本件事故により頸髄損傷の傷害を負い、平成八年六月二日午前四時五〇分ころ、三重県桑名市大字北別所四三五番地所在の桑名市民病院において、右傷害により死亡した。

3  亡秀彦は、平成七年六月二九日、被告との間で、左記内容の自家用自動車総合保険(SAP)契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(一) 被保険自動車 第二車両(以下「本件自動車」という。)

(二) 被保険者 亡秀彦

(三) 保険期間 平成七年六月二九日から平成八年六月二九日まで

(四) 搭乗者傷害条項、死亡保険金額 一〇〇〇万円

4  原告林明子は亡秀彦の妻であり、同林政芳及び同林宏幸はそれぞれ亡秀彦の子である。

5  原告らは、平成九年一〇月四日ころ到達した書面で被告に対し、前記保険金の支払を催告した。

6  本件保険契約の約款には、被保険者が酒に酔って正常な運転ができないおそれがある状態で被保険自動車を運転しているときにその本人について生じた傷害については保険金を支払わない旨の条項がある(約款第四章搭乗者傷害条項第二条第一項第二号)(以下「本件免責条項」という。)。

二  争点

1  亡秀彦が本件事故当時飲酒をし、本件免責条項所定の状態で本件自動車を運転していたものか否か

2  亡秀彦が本件事故前項の状態にあったとすると、被告は本件免責条項に基づき搭乗者傷害条項の死亡保険金の支払義務を負わないか否か

3  保険金支払催告が被告に対し到達した日

第三争点に対する判断

一  前記争いのない事実並びに証拠(甲一、二、乙三の1、2、八)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

1  本件事故現場は、いわゆる東名阪自動車道と呼ばれる高速自動車国道の亀山市方面から名古屋市方面への上り車線で、その最高速度は八〇キロメートル毎時に規制されており、また最低速度は五〇キロメートル毎時(道路交通法七五条の四、同法施行令二七条の四)であった。

本件事故現場付近の道路は、追越車線三・五メートル、走行車線三・五メートル、路肩二・五メートルの各幅員に三分されており、路面はアスファルト舗装され欠損箇所もなく平坦で乾燥していた。また、本件事故現場の手前(南側)約二〇〇メートルから第一車両及び本件自動車の進行方向に向かっては半径六〇〇メートルの曲度の右カーブになっていたが、本件事故現場の手前(南側)三〇〇メートル付近から本件事故現場までは障害物もなく見通しは良かった。なお本件事故現場は、第一車両及び本件自動車の進行方向に向かって約一〇〇分の一の割合の上り坂になっていた。

そして、本件事故は前記のとおり平成八年六月二日午前三時三〇分ころ発生したが、本件事故直後である同日午前三時四〇分から午前五時一五分までの間にされた実況見分において、本件事故現場の交通量は五分間に自動車二〇台が走行する程度の量であった。

2  本件事故当時、第一車両の速度は約一二〇キロメートル毎時であった。そして訴外服部は、走行車線の本件自動車の後方を亀山市方面から名古屋市方面へ走行していたが、追越車線を走行していた車両に気をとられ、本件自動車の後方約四・五メートルに接近した位置で初めて本件自動車に追突する危険を感じ、直ちに急制動の措置を講じたが間に合わず、本件事故に至った。

他方、本件自動車の本件事故直前の速度は約三〇キロメートル毎時であった。

3  前記のとおり亡秀彦は本件事故後桑名市民病院に収容され死亡したが、警察が同病院の医師から亡秀彦の血液の任意提出を受け、三重県警察本部刑事部鑑識課科学捜査研究所において鑑定をしたところ、右血液一ミリリットル中に〇・六八ミリグラム(呼気換算一リットル中〇・三四ミリグラム)のアルコールが検出された。ところで亡秀彦は、平素あまり飲酒をせず、飲んだとしても缶ビール一本程度であったが、本件事故前、ビール中ビン一本半、ウイスキーの水割コップ一杯程度の飲酒をしていた。

以上のとおり認められる。なお原告らは、第一車両、本件自動車の速度につき、前記認定を裏付ける鑑定書(乙三の1、2)の記載を非難するが、右鑑定書の記載内容及び証拠(乙八)に照らし採用できず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

二  そして右認定の事実によると、亡秀彦は、本件事故当時、同人にとって通常より多量に当たる飲酒をしていたのみならず、前記のとおり交通量もさして多くない高速自動車国道において、法令が定める最低制限速度を遵守することなく、三〇キロメートル毎時の低速で本件自動車を運転していたというものであり、右は本件免責条項所定の「酒に酔って正常な運転ができないおそれがある状態」に該当するものといわねばならない。

原告らは、血液一ミリリットル中に一・五ミリグラム(呼気換算一リットル中〇・七五ミリグラム)のアルコールが検出される場合のみが本件免責条項所定の飲酒状態であって本件における亡秀彦の飲酒状況はこれに達しない旨を主張する。しかし、前記認定の亡秀彦の日頃の飲酒量との比較、本件事故現場において格別の交通量もなかったのに最低制限速度を遵守することなく低速で本件自動車を運転していたこと等の事情を考慮するならば、亡秀彦の当時の状態が本件免責条項に該当していたことは明らかである(原告らはその主張に沿うものとして文献を提出するが(甲九)、その記載は、運転者から前記程度のアルコールが検出される場合は本件免責条項所定の飲酒状態であるとされるのが通常である旨を記述したにとどまり、検出量が右以下であっても具体的な飲酒と運転状況等に応じて本件免責条項所定の飲酒状態とされることがあることを否定したものではないと解される(なお甲一〇参照)。)。

また、原告らは、本件免責条項が適用されるためには飲酒運転と傷害との間に因果関係が必要である旨を主張する。しかし、一般的に右のような因果関係が必要であるか否かはともかく、前記認定の本件事故態様からすると、単に訴外服部の前方不注視等の過失のみならず、亡秀彦が飲酒、酩酊をし、そのため高速自動車国道において低速で本件自動車を運転したことが本件事故発生の一因と認められるのであるから、仮に原告らの見解を前提としても本件にあって本件免責条項の適用を否定することはできないものと解される。

第四結論

以上によれば、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 北澤章功)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例